【第3話】Team History 2011-2019

エッセイ
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毎熊の一件があった後、なるべくみんなの意見を汲んであげようと心がけた。それぞれの予定がある時は無理を言わず、その代わりにメンバー以外のバスケ好きに声をかけ、助っ人を増やした。

はじめは初心者だったメンバーも、活動を通してそれぞれの得意分野を見つけては武器にしていった。チームとして個々人がスキルアップしていく様を見ていると、まるで「実写版ロールプレイングゲーム」が目の前で展開されていくようで、練習を重ねるたびにワクワクが止まらなかった。
対外試合を行ったことのないこのチームをロールプレイングゲームの主人公に例えると、この主人公の成長の中にジャイアントキリングは一切ない。言うなれば、生まれ育った村の周りをぐるぐると徘徊しては、目の前に飛び出してくるスライムをひたすら倒しては村へ帰るだけなのだ。傍から見れば、完全に井の中のなんとやら。これがなかなかどうして面白い。

「初心者だらけのチーム」が、活動を通じて「バスケ好きが集まるチーム」に変わっていくと、3年生になる頃には、なんとバスケ部を引退した友達まで参加してくれるようになった。正直に言うと、バスケ部といえば、このチームのレベルの低さに物足りなさを感じてしまうのではないかと考えていたのだが、そんなことはなかった。同じ目線で一緒にバスケをしてくれるし、経験が浅いメンバーには点を取らせようとボールを回してくれたりもした。

自分の中での偏見や食わず嫌いが、このチームの可能性を無意識に狭めていた。この性格が、人生でどれほど勿体ないものなのかと痛感させられた出来事であった。

高校を卒業する頃には、20人以上も人が集まってくれたこともあった。その日は高校受験の日で教室が使えないため、休校日。自宅学習という休みだったにも関わらず、こんな大人数でバスケをした次の日、噂を聞き付けた先生方から「自宅学習の日に外に出てなんばしよっとや」と注意を受けたが、言葉とは相対して笑顔だった。

気付けば、活動を始めておよそ2年が経っていた。紆余曲折あったものの、バスケットボールを通じてここまで広がったコミュニティを初めて認めてもらえた気がして、自然と頬が緩んだ。

その2ヶ月後、卒業式を終えて迎えた3月2日。

自分たちの世代が高校生としての最後の活動には、これまで参加してきてくれた友達が何人も集まってくれた。しかし、チームの中にはこの活動を最後に県外へ旅立ってしまうメンバーもいた。バスケが終わってその日をお開きにする前に、自分と平田、そして増田の3人で県外へ旅立つメンバーそれぞれに宛てた色紙をプレゼントした時、涙を流しながら「ありがとう」と言ってくれたメンバーを見て、本当にチームを立ち上げて良かったと、心から思わせてくれた。

この後、それぞれが進学や就職をすることで多忙になり、HYTとしての活動は少しずつ、そして確実に減少の一途を辿った。いま振り返っても仕方の無いことだと思うが、その年のゴールデンウィークを境に、チームの活動は完全に止まったのであった。


続く

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PS.
この物語を書き始めた時は、不定期での更新になるかと思っていましたが、書き始めたら止まらないという現象に陥っています。笑
もし他の話題を読みたいという方がいらっしゃったら申し訳ないのですが、もう暫くこのチームの歴史に付き合っていただけると幸いです。

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