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エッセイ

僕が足を踏み入れた居酒屋は、とてもとても密だった。

— 8月1日、空いとる?— 18時半に仕事が終わるので、それから大丈夫です!そんなやり取りをしてからというもの、あっという間に過ぎ去ってしまった7月。新しい職に就き、レジに打たれながら仕事を覚え、時たま波のように押し寄せる会計をバンバンと済ませられるようになった頃からイベントを企画した。ゲストを呼んではひたすら話し、…

エッセイ

もし、一生の中で話せる言葉の数が決まっていたのなら。

東アジアにある、小さな島国の西の果て。GoogleEarthが長崎県に向かってぎゅう〜っと寄っていく画を言葉にすると、そんなところだろうか。更にそこから南側にある長崎市の、また更に南側から文章を書き始めて、約1年の月日が流れた。色々な出会いや繋がりに恵まれて、いまは個人で運営しているこのサイト以外でも筆を執らせていた…

エッセイ

人は、仕事じゃなくて居場所を探す生き物だから。

—私はコンテンツを持ってないから。先日インタビューをさせていただいたn-spaceの友さんと話をしていると、よくそんな話になる。すると、同じくn-spaceの立石さんが決まって「中村友がコンテンツだから!」と諭すのだけど、当の本人は腑に落ちていない様子。—ちょーのは文章も動画もあるから。これはその2人からよく言われる…

インタビュー

「先を見ているリーダーと、熱を伝えていく私。」模索する地域コミュニティの形。

本を読むことが大好きだった少年時代。小学校3年生の頃から特に夢中になっていたのが、講談社・青い鳥文庫の「パスワードシリーズ」。電子塾という通信教育サイトで出会った小学生たちが、電子探偵団として様々な謎や事件を解決していく物語だ。当時からドラマや映画の世界に影響されやすかった私は、このときも迷うことなく触発されて…

インタビュー

誰かと一緒に食事をすることは、凄く素敵なことなんです。

— 早く食べてしまいなさい!この言葉に怯えてしまった小学1年生、当時6歳の私。大きなランドセルを背負ってくぐる門の中は、たくさんの友だちと楽しく過ごせるテーマパーク。机にはポケモンの筆箱を自慢げに置いて、先生の問いかけに大きな返事で答えて、休み時間になるとボールを持って校庭に駆け出す。転んでケガをしても、誰かとケンカ…

エッセイ

宝物をなくしたのは、利き腕のせい。

外出を控え始めて、どれくらいの時間が経っただろうか。朝の品川駅に始まる人通りチェックは、昼の浅草、夕方の渋谷とルートが出来上がっていて、バラエティ番組で息抜きをしようにも「※3月上旬に撮影されたものです」というテロップで現実に引き戻される。簡単な事って勘違いをしていたら判断誤って後ろを振り返るんだ何だっていつも近道を…

インタビュー

「作品は、お客さんと一緒に作るもの。」県内唯一の公認似顔絵師が思い描く未来

— お父さんとお母さん、今年で結婚50周年みたいさねぇ…。今年の2月ごろ、実家の母と電話をしているときに、そんな話になった。つまり私の祖父母になるわけだが、なんと半世紀もの間、苦楽を共にしているらしい。孫の私が25歳なのだから当然と言えば当然かもしれないが、半世紀という言葉で表現すると、かなりの年月を感じざるを得ない…

エッセイ

酸いを吐く私と、甘いを届ける妻の話。

昨年生まれたばかりの息子を妻ひとりに任せて4ヶ月。2月の下旬に航空券を予約してからというもの、来る初節句に向けて五月人形を買い、ちょっぴり豪華な料理をネットで漁って、野母崎の鯉のぼりをバックに家族写真を撮ろうと期待に胸を膨らませていた。本当であれば、来週にはルンルンで長崎への空の旅を満喫しているはずだったけれど、新型…

インタビュー

「好きなことでいきていく」伝えたいのは、過去の自分。

「ひいじいちゃんに賞状を見せるんだ。」小学6年生の秋、日に日に病状が悪化する曽祖父の姿を見ていた当時12歳の私は、市内の同学年が一堂に会するスポーツイベントでの優勝を誓った。しかし、曽祖父は大会の2日前に眠りにつき、私は出場した100m走で100分の2秒差に泣いて惜敗。僕が頑張った姿を見せればきっと元気に…。その純粋…

インタビュー

僕の活動がちょっとでも、一瞬でも。誰かの人生の肥やしになれればいいなと。

私がまだ幼稚園児だった頃。 週末になると家族みんなでスーパーへ買い物に出掛け、母や祖父母は、空いた時間を見つけては私と弟を知らないどこかへと連れ出してくれた。気付けばおひさまは山の向こうに落ちていって、疲れ果てて家に帰ると、テレビからヘンテコで陽気な音楽が流れてくる。