【第8話】Team History 2011-2019

エッセイ
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迎えた試合当日。

Planetのデビュー戦の会場は偶然にも、高校生のときに毎回使用していた三和体育館だった。いわば、Planetの本拠地といっても過言ではない。

はじめのチーム方針は、経験値問わず全員の出場時間を確保すること。基本的には、各ピリオドで全員を入れ替えるようなスタンスで試合に臨むことにしていた。

記念すべき1回戦の相手はペガサス。
190センチ近いセンタープレイヤーが居たことが印象に残っている。

マンツーマンディフェンスでスタートしたものの、かなり早い段階で2-3の即席ゾーンに切り替えた。2列目の中央に入った恵介が、参加2日目にして積極的にコーチングをしてくれたので、即席ながら形になっていたと思う。チームのみんなはガチガチで試合に入ったが、恵介は動じることなくチームを鼓舞してくれた。
ロースコアで平行線を辿ったゲームが徐々に動き出したのは後半。1列目の上野、2列目の恵介が積極的なプレスからボールを奪うと、すかさず速攻を繰り出す。流れが掴めてきたところで、相手の足も少しずつ止まっていった。この日絶好調だった上野がスリーポイントを次々と沈めてくれたおかげで、相手も万事休す。
2人を中心に全員で奮闘し、初の公式戦で見事勝利を収めることができた。

続く2回戦の対戦相手は、ご近所さんでよく練習試合の相手をしてくれていた野母崎BCと、ストライクホースの勝者。個人的には公式戦で野母崎BCと対戦したい気持ちがあったものの、勝ったのはストライクホースだった。

相手の7番には気を付けた方が良いよ。
Planetなら勝てる。

試合後、野母崎BCの永江さんから、とても温かいアドバイスをいただいた。
この気持ちに応えるためにも、勢いそのままに勝ちたいと思っていた矢先に事件は起きた。

俺、帰らんば!
福岡でRADのライブ!

そう言い残して1回戦の勝利の立役者・上野は姿を消した。

積極果敢なプレスと精度の高いスリーポイントという両翼を、RADWIMPSに削ぎ落されてしまったのだ。上野の脳内では「いいんですか?いいんですか?試合投げ出してライブはいいんですか?いいんですよ、いいんですよ。」と、意気揚々としたメロディが流れていたに違いない。体育館を後にする上野の表情は、それはもう満足そうなニヤけ面だった。
とは言っても、ライブは当日に決まることではない。仕方のないことだとみんなは気にすることなく笑っていたが、2回戦の火ぶたが切って落とされたとき、上野の偉大さを知ることになる。

学生の頃は、1日に数試合などよくある話だったので体も慣れていたものの、社会人の1日に複数試合というのはかなり堪える。序盤は競っていたスコアも、後半に入るとじりじりと離された。

最終的な点差は大きく開かなかったものの、敗れた。

たくさん外してしまってすみませんでした。

恵介が試合後にみんなにこう言った。
とんでもない。もちろんみんなの力あってこその初勝利だったが、恵介の力なしでは1回戦の勝利も危うかったし、チームとしては「勝たせてもらった」以外の何物でもない。合流して間もないチームに、ここまで尽くしてくれる選手は後にも先にも居ないと思う。謝ってくれる恵介に対して、みんなは揃って感謝を伝えたが、本人はそれでもすみませんと言っていた。
恵介はこの後も、職場の新人研修が終わる数ヶ月の間、何度も練習に足を運んでくれて、たくさんのアドバイスをしてくれた。未熟だったチームに、社会人チームとしての礎を築くきっかけをくれた恵介には、メンバー一同「ありがとう」の気持ちでいっぱいだ。
彼はいま、地元の岩手県に戻っているそうだが、メンバーの誰もが、またいつか長崎に遊びに来てくれる日を心待ちにしている。

話は戻るが、ベスメン大会は各チーム1人ずつ審判を出して次の試合を裁くことになっている。1回戦の後は上野が笛を吹いてくれたものの、当の本人は今頃マリンメッセではしゃぎ倒している。結局、この日2試合で酷使した恵介に頭を下げ、足を吊りかけながらも笛を口にくわえて必死に走る恵介の姿をみんなで眺めていた。

とてつもない残酷なこの仕打ち。
このチームは、とんだブラック企業に成長していたのであった。


続く

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エッセイ
歩く人と止まる人

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エッセイ
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【第14話(終)】Team History 2011-2019

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エッセイ
2
【第13話】Team History 2011-2019

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