【第7話】Team History 2011-2019

エッセイ
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冬を越えて、春先に差し掛かっていたところ、上野がある話を持ってきた。

ベスメン出れるけどどうする?

ベスメンとは、長崎市で定期的に開催されているトーナメント制の大会で、フープリーグを探しているときにも目には留まった大会。ただ、トーナメント制だったことや、ツテがないと参加できないとの噂を耳にしていたため、特に気にしていなかった。
上野がどこからこの話を持ってきたのかは定かではないが、みんなに意見を聴いたところ、参加してみたいとの声が多かったのでエントリーすることにした。大会は4月の上旬。ゴールデンウィーク前のフープリーグの開幕戦よりも早い日程だった。

迎えた大会の前日。あにーじゃがある助っ人を連れて来た。彼の名前は恵介。何でも、岩手県出身で健斗たちの年代と同級生だった恵介は、あにーじゃの会社の新入社員研修で長崎に来ており、バスケの経験があるとのことで連れて来てくれた助っ人だった。

紅白戦に入ってもらって度肝を抜いた。

なんと恵介は、岩手県のバスケ強豪校を卒業したての、国体候補選手だったのだ。
1年生の頃にはインターハイも経験しており、実力は折り紙付き。むしろ、Planetでバスケをしていて良い人材ではなかった。しかし彼もまた、明るいキャラクターを持ち合わせており、参加初日にしてみんなと打ち解けていた。

その日の事件はまだまだ終わらない。

紅白戦も終盤に差し掛かったところで、なんと敦志が足首に怪我を負ってしまった。みんなが倒れ込む敦志にすぐに駆け寄り、シューズを脱がすと赤く腫れあがっていた。敦志はリーダーシップがあり、運動量豊富でリバウンドにもよく絡んでくれる、チームにとって欠かせない存在だったのだが、Planetの公式戦デビューを目の前にして戦線離脱することになってしまった。本人の足も痛かったと思うが、チームとしてもかなりの痛手だった。

しかし、神様はこのタイミングで恵介に巡り会わせてくれたのだった。

じゃあ、俺のユニフォームで恵介に出てもらえば!?

敦志がそう言った。

え?いいんですか?

恵介はそう返したが、当たり前の反応である。
Planet体制になってからというもの、敦志の頑張りを見てきた自分もそう思ったし、そんな歴史を知らない恵介もそう思っている。敦志自身が一番悔しい思いをしていたはずなのに、そう提案してくれた敦志はとても強いんだなと思った。
恵介は、遠慮しつつも試合に出ることを承諾してくれた。いま思えば、「え?いいんですか?」と言うべきは自分たちだったのかもしれない。

その話がまとまり、片付けを始めようとしたときに、気付いたら言葉を発していた。

このタイミングで言うのもなんやけど、みんなありがとう。これまで3年間、みんなが嫌な顔ひとつせず、こんなに頼りない俺についてきてくれたおかげで明日の試合に出られる。

なんと素っ頓狂なタイミング。
有無を言わせず上野が突っ込んだ。

いま!?!?

その突っ込みでみんなは笑ってくれたが、練習前からこれだけは伝えなければと思っていたのでスッキリした。当時、帰宅部の高校2年生だった自分たちが立ち上げたチームが、明日、社会人の試合に出場するのだ。考えれば考えるほど感慨深かった。みんなはただ「大好きなバスケをして、他のチームと試合が出来る」くらいの感覚だったのかもしれないが、自分にとっては本当に大きな一歩だった。

全ては自分の言葉で始まった。

大げさかもしれないけれど、何かをやりたいと思ったときに踏み出す一歩が大切だと思えたし、あのとき踏み出した一歩のおかげで、宝物のように思える居場所が出来たことを、本当に幸せに思う。

そして迎えた翌日、Planetの戦いが始まったのであった。


続く

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