【第1話】Team History 2011-2019

エッセイ
2

これは、自分が所属するバスケットボールチームの、発足から現在までのおよそ8年間の記録。誰の目に留まるかも分からないこの空間で、ひとつずつ、少しずつ綴っていきたいと思います。真面目でつまらない記事になるかもしれませんが、どうかこの記録に目を通された皆様、長い目で見守っていただけると幸いです。


俺らでバスケチーム作ろうよ!

思いつきで言ったこの一言から、すべてが始まった。

2011年、当時高校2年生だった自分は、友達の平田(あそふくのひらた)・増田とよく遊んでいた。高校生のときに遊ぶとなると、誰かの家でゲームをするか、カラオケに行くことが多かったのだが、経験年数は違ったものの、3人は偶然にも中学校でバスケ部に所属していたこともあり、ふとした拍子に公園でバスケをすることになった。
久しぶりに楽しんだバスケ。3人でひたすら1on1で汗を流して、自分の中で燻っていた何かが弾けた気がした。

帰宅部だっていいじゃないか。
仲良しの友達とずっとバスケができたらいいのに。

人が集まる確証も、チームを発足させる大変さも、何ひとつ分からなかったけれど、気付いたらチームを作ろうと言葉に発していた。あまり鮮明には覚えていないものの、平田と増田はかなり驚いていたと思う。

2人は少し考えた後

いいね!チーム作ろう!

そう言ってくれた。

もちろん、2人もチームを作ることについての一切のノウハウはなかった。何より、自分たちよりバスケが上手い連中は全員がバスケ部に入っている。だからといって、自分たちの周りにいるバスケの経験者など、ほとんどいないのだ。まさにゼロからのスタートだった。

とは言うものの、カッコつけて形から入りたかった3人は、まずチーム名とキャプテンを決めることになった。チーム名は、ない頭を絞って考えた結果、3人の名前の頭文字を取り、「HYT」(ハイト)と名付けた。いま振り返ると、何とも恥ずかしいような、むずがゆいような、複雑な気持ちになる。
次に、キャプテンは1on1で勝った人にしようという話になった。早速その場で1on1をし、僅差で平田が勝ってキャプテンもあっさりと決まった。
バスケをするための場所とメンバーの確保は後日ということで、その日はここまでで解散することに。

家に帰って色々と調べてみると、長崎市の公共の体育館を利用するためには、スポーツ振興課の「公共施設予約システム」の利用者登録をする必要があることが分かった。高校生が発行できたかどうかは覚えていないが、役所の受付は平日。テストの時期であれば午後から時間を確保できたものの、5月ということもありそんな時間は確保できなかった。泣く泣く母に頼み、仕事の合間に利用者登録をしてもらった。

そして後日、学校帰りに平田と増田にその旨を伝えて、次にメンバーを確保しようと話をしていると

キャプテンはやっぱちょーのやな。

平田が不意にそう言った。
これに増田も同調し、2人がいいなら…ということで、なんと結成3日でキャプテンが交替するという事態となった。正直、いま考えるとこれで良かったのだろうと思う。後に書き記していきたいと思っているが、当時は高校生だったものの、俗に言う「社会人バスケチーム」のキャプテンという立場は、誰よりも孤独なものだったからだ。

さて、話はメンバー確保の話題に戻る。
前述の通り、周りのバスケ経験者は自分たちだけ。はじめは、体育の授業くらいでいい。そんな思いから、仲良くしてくれていた友達に声をかけていくと、快く「バスケしたい!」と言ってくれる友達が意外にも多かった。中には、自分たちが仲が良いからと、少し強引に誘った友達もいたと思う。このとき集まってくれたのが、毎熊・真也・池ちゃん・遼。既に自分たちを合わせると7人も集まってくれたのだが、1学年下の弟がクラスメイトに声をかけてくれたらしく、バスケ部を退部した宏嗣・和也が来てくれることになった。この2人は、後にこのチームに欠かせない主力として頭角を現していくことになる。

初めての活動場所は、長崎市南部にある三和体育館。開始時刻の少し前に集まった同級生の面々は全員がバスケ初心者だったのだが、遠いところよく参加してくれたと思う。チームが発足しても、人が集まらないことには活動はできない。仲良くしてくれていたとはいえ、当時のことを振り返るたびに、彼らには本当に感謝が尽きない。

程なくして、弟の同級生である宏嗣・和也がおそるおそる体育館へ入ってきた。このとき初めて2人と対面したのだが、宏嗣の身長の高さと和也のボールハンドリングに驚いたことを鮮明に覚えている。先輩ばかりの集団に入ってくるのは大変だったと思う。礼儀正しくクールに振舞う2人に、その日はしきりに声をかけてあげるよう心掛けたが、2人には少々鬱陶しい先輩に映ったかもしれない。

時間が許す限り紅白戦をして汗を流したが、初心者と、初心者に毛が生えた程度の自分。正直、平田・増田・宏嗣・和也の4人には物足りないレベルだったと思う。逆に、初心者のみんなから見た経験者の姿は、とても眩しく映っていたのではないだろうか。
ともあれ、自分の中では、みんなで楽しく汗を流して、チームとして活動を始められたことに大きな意味があった。次の日は激しい筋肉痛に見舞われたものの、とても心地のいい痛みだった。

上々の滑り出しを切ったように見えたHYTであったが、早々に初めての壁にぶつかることになる。


続く

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エッセイ
歩く人と止まる人

さて、今日の記事は何を書こうか。記事を書けない状況にあるときには次々と書きたい話題が次々と出てくるのに、かしこまって考えてしまうと出てこない。駅からはバスで帰るため、駅に着くまでの20分間で今日更新する内容を決めよう。文章はそれからだ。最近買い替えたばかりのスマートフォンをポケットにしまった。

エッセイ
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【第14話(終)】Team History 2011-2019

こんな経験が出来たのは、ひとえに自分の発言に賛成し一緒にHYTを立ち上げてくれた平田・増田。Planetとして活動するきっかけを作ってくれた上野・敦志。活動休止後に再起を促してくれた健斗・宏嗣・和也。そして村崎・蓮・泰樹をはじめ、今までもこれからもチームに関わってくれたメンバーや周りの支えがあってこそだと、心から感謝している。

エッセイ
2
【第13話】Team History 2011-2019

前回参加していた時はリーグの参加は強要していなかったものの、「みんなが出るなら…」くらいの気持ちで登録をしてくれていた人もいると思う。しかし今回の選手登録は、同じように「出たい人は登録して、試合は出なくてもいいという人は強制はしない」と言い、それぞれが本当の気持ちで登録したり、登録しなかったりの選択が出来た。