これは、私が所属するバスケットボールチームの、発足から現在までのおよそ8年間の記録。誰の目に留まるかも分からないこの空間で、ひとつずつ、少しずつ、のんびりと綴っていきたいと思います。真面目でつまらない記事になるかもしれませんが、どうかこの記録に目を通された皆様、長い目で見守っていただけると幸いです。


俺らでバスケチーム作ろうよ!

思いつきの一言から、すべてが始まった。

2011年、当時高校2年生だった私は、友達の平田・増田とよく遊んでいた。私たちが言う「遊ぶ」となると、誰かの家でゲームをするか、カラオケに行くことが多かったのだが、ふとした拍子に公園でバスケをすることになった。
久しぶりに楽しんだバスケ。3人でひたすら1on1で汗を流して、自分の中で燻っていた何かが弾けた気がした。

帰宅部だっていいじゃん。
仲良しの友達とバスケができたらいいのに。

人が集まる確証も、チームを発足させる大変さも、何ひとつ分からなかったけれど、気付いたらチームを作ろうと言葉にしていた。あまり鮮明には覚えていないけれど、平田と増田はかなり驚いていたと思う。

2人は少し考えた後

いいね!チーム作ろう!

そう言ってくれた。

もちろん、2人もチームを作ることについて一切のノウハウはなかった。何より、自分たちよりバスケが上手い連中は全員がバスケ部に入っている。自分たちの周りにいるバスケの経験者など、ほとんどいないのだ。まさにゼロからのスタートだった。

とは言うものの、カッコつけて形から入りたかった3人は、まずチーム名とキャプテンを決めることになった。チーム名は、ない頭を絞って考えた結果、3人の名前の頭文字を取り、「HYT」(ハイト)と名付けた。いま振り返ると、何とも恥ずかしいような、むずがゆいような、複雑な気持ちになる。

次に、キャプテンは1on1で勝った人にしようという話になった。早速その場で1on1をし、僅差で平田が勝ってキャプテンもあっさりと決まった。バスケをするための場所とメンバーの確保は後日ということで、その日はここまでで解散することに。

家に帰って色々と調べてみると、長崎市の公共の体育館を利用するためには、スポーツ振興課の「公共施設予約システム」の利用者登録をする必要があることが分かった。高校生が発行できたかどうかは覚えていないが、役所の受付は平日。テストの時期であれば午後から時間を確保できたものの、5月ということもありそんな時間は確保できなかった。泣く泣く母に頼み、仕事の合間に利用者登録をしてもらった。

そして後日、学校帰りに平田と増田にその旨を伝えて、次にメンバーを確保しようと話をしていると

キャプテンはやっぱちょーのやな。

平田が不意にそう言った。
これに増田も同調し、2人がいいなら…ということで、なんと結成3日でキャプテンが交替するという事態となった。正直、いま考えるとこれで良かったのだろうと思う。後に書き記していきたいと思っているが、当時は高校生だったものの、俗に言う「社会人バスケチーム」のキャプテンという立場は、誰よりも孤独なものだったからだ。

さて、話はメンバー確保の話題に戻る。
前述の通り、周りのバスケ経験者は自分たちだけ。はじめは、体育の授業くらいでいい。そんな思いから、仲良くしてくれていた友達に声をかけていくと、快く「バスケしたい!」と言ってくれる友達が意外にも多かった。中には、自分たちが仲が良いからと、少し強引に誘った友達もいたと思う。このとき集まってくれたのが、毎熊・真也・池ちゃん・遼。既に自分たちを合わせると7人も集まってくれたのだが、1学年下の弟がクラスメイトに声をかけてくれたらしく、バスケ部を退部した宏嗣・和也が来てくれることになった。この2人は、後にこのチームに欠かせない主力として頭角を現していくことになる。

初めての活動場所は、長崎市南部にある三和体育館。開始時刻の少し前に集まった同級生の面々は全員がバスケ初心者だったのだが、遠いところよく参加してくれたと思う。チームが発足しても、人が集まらないことには活動はできない。仲良くしてくれていたとはいえ、当時のことを振り返るたびに、彼らには本当に感謝が尽きない。

程なくして、弟の同級生である宏嗣・和也がおそるおそる体育館へ入ってきた。このとき初めて2人と対面したのだが、宏嗣の身長の高さと和也のボールハンドリングに驚いたことを鮮明に覚えている。先輩ばかりの集団に入ってくるのは大変だったと思う。礼儀正しくクールに振舞う2人に、その日はしきりに声をかけてあげるよう心掛けたが、2人には少々鬱陶しい先輩に映ったかもしれない。

時間が許す限り紅白戦をして汗を流したが、初心者と、初心者に毛が生えた程度の自分。正直、平田・増田・宏嗣・和也の4人には物足りないレベルだったと思う。逆に、初心者のみんなから見た経験者の姿は、とても眩しく映っていたのではないだろうか。
ともあれ、自分の中では、みんなで楽しく汗を流して、チームとして活動を始められたことに大きな意味があった。次の日は激しい筋肉痛に見舞われたものの、とても心地のいい痛みだった。

上々の滑り出しを切ったように見えたHYTであったが、早々に初めての壁にぶつかることになる。


続く

第2話はこちら

長野 大生

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asofuku.com編集長。長崎駅前のコワーキングスペースのスタッフとして働く傍ら、地域コミュニティchiicoLab.の運営に携わっています。その他、長崎のローカルメディア「ボマイエ」や「ナガサキエール」などでライターとして活動させていただいています。

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2件のコメント

  1. […] 第1話はこちら初めての活動以降は、月に1度くらいの頻度で体育館を借りては、ひたすら紅白戦を行っていたのだが、徐々に綻びが見え始めていた。そして、結成から半年が経ったある日、それが形となって現れた。楽しく出来ればいいのに、文句を言われてまでバスケがやりたいとは思えない。池ちゃんがそう言った。原因は、経験者である増田が、紅白戦を重ねる度に初心者への要求が強くなっていったことだった。本人に悪気はないのだが、どうしてもゲーム中は熱くなってしまう性格だった。自分と平田はその性格を知っていたし、経験者である宏嗣や和也には何も言わない。初心者のメンバーから見ると、それはもう面白くなかったと思う。これはいかんと、池ちゃんの気持ちをひと通り聴いてすぐに増田へ注意を促した。本人は二つ返事で分かったと言ってくれたものの、ひと時でも池ちゃんがそのような気持ちになってしまったということは事実。増田はそういう性格だからと割り切っていたが、自分以外への配慮が足りなかったと猛省した。この件が落ち着いてからは、少しずつ紅白戦以外の練習メニューも増えていき、レベルが低いなりにチームらしくなってきた。しかし、チームの綻びの全ては解決されていなかった。後日、次は毎熊からこんな申し出があった。バスケには参加したいのだが、お金が無いからバスケに行けない。当時使用していた体育館の料金は1時間210円。交通費にはそれぞれ住んでいる地域によって差があったものの、毎熊よりも遠くから参加してくれている参加者も居た。何より、毎熊の意思に反していることに納得がいかなかった。毎熊には、バスケを5回するために遊びを1度我慢すれば問題ない、という主旨の話や、お金の面はみんなで工面することを伝えて説得をしたが、叶わなかった。チーム初の脱退。体育レベルの紅白戦だけをするチームが何を大袈裟な。と思われるかもしれないが、自分にとっては大きな損失だった。残念な気持ちを抱えていたところ、更に追い討ちをかける出来事が起こる。その日の夜、平田・増田・真也・遼の4人でメールのやり取りをしていたのだが、真也が送ってきたメールには添付画像付きでこう記されていた。毎熊、好き放題言いよる。添付画像を開いてみると、毎熊が某SNSに自分の悪口を書き連ねていた。「自分が正しいと思っていることを押し付ける人、ほんとに無理。暑苦しい。見ていてイライラします。」言葉が出なかった。自分が全て正しかったとは思っていない。チームに残ってほしい気持ちを全面に出してしまったことは認めるが、バスケがしたくても出来ないということで毎熊の気持ちを聴いていたので、決してバスケを強要をしたつもりはなかった。好き放題書かれていたことはとても悲しかったけれど、怒りはなかった。これを見た遼が、許せないと毎熊にすぐ連絡を取ってくれたおかげもあったかもしれない。次の日、学校で毎熊が謝りに来てくれたが、話せるような心持ちではなかったため、自分はいいから平田たちに謝ってくれとしか言えなかった。自分は謝ってほしかったわけではなく、バスケ以外に時間を使いたいのであれば、嘘を言わずにそう言ってほしかっただけだった。何を言われても気にしない性格だと思っていたが、実際にSNSを通じて書かれていたと思うとかなり辛かった。その日以降、毎熊がバスケに来ることも無く、高校卒業までほとんど会話もしなかった。あの時の自分の行動の、何が正しくて何が間違っていたのか、分からないまま高校生活を終えた。社会人になってから数年、自分は転職をすることになるのだが、その転職先にはなんと毎熊が居た。高校生ぶりの再会となった2人で、早々に飲みに行くことになった。あの頃は本当にごめん。お互いにそう言ったと思う。毎熊は、SNSを通じて悪口を書いたこと。そして自分は、正論を振りかざして毎熊を追い込んでしまったこと。あの一件が起こった後、サッカー日本代表の長谷部誠選手が書いた「心を整える。」という本を読んだ。長谷部選手がキャプテンを務めていた高校時代、自分が正しいと思ったことを仲間に厳しく指摘し、衝突することがあった。その頃の自分は、正論を振りかざしていたというような話が描かれていたと記憶している。当時の自分と長谷部選手を重ねてと言うと甚だおこがましいのだが、そのエピソードを知ったとき、毎熊にもう少し違う言い方が出来なかったものかと考えさせられた。読者の方がもし、毎熊が悪者に映ってしまっていたら誤解しないでほしい。間違いなく、毎熊と同じだけ自分にも非があった。毎熊は、自分を許してくれてありがとうと言ってくれたけれど、こちらこそありがとう。人の意見に噛みついてばかりだった自分が、他人の意見に耳を傾けるようになった。そうさせてくれた大きな要因が、この毎熊との衝突だったことを忘れないでほしい。長野、ほんと丸くなったよねえ。最近の毎熊は事あるごとにそう言ってくれるが、今だから言わせてほしい。ほんと、お前のおかげだわ。続く […]

  2. […] 第13話はこちら2018年4月、Planetは2年ぶりのフープリーグのコートに立った。このシーズンは、男子7部リーグまで拡大したうちの6部リーグを戦った。シーズン中に蓮が愛知へ旅立ったり、健斗が福岡へ転勤になったりと、度々メンバーが欠けることがあったものの、その度に全員でカバーしながらシーズンを戦い抜いた。苦しい試合では、高校3年生だった秀ちゃんと高校を卒業したばかりの宇くんという若いメンバーを中心に対抗した。これまで戦ってきたリーグ戦は「負けてばかりで稀に勝つ」という試合が多かったものの、このシーズンに限っては「勝ったり負けたり」を繰り返すような展開。更には、年間の上位4チームが参加できる決勝プレーオフにも進出することに。せっかくここまで来たのなら上位を…と張り切って臨んだが、準決勝でWINGSに惜しくも敗戦。プレーオフに限っては残念な結果となってしまったが、順位は堂々の3位。全員の力で、チームとして初めて入賞を果たすことが出来た。そして、この物語を綴ろうと思った理由とは。前述の通り、蓮は愛知、健斗は福岡で生活している。更には、秀ちゃんが大学進学とともに上京し、宇くんはシーズン終了後にステップアップし3部のチームへ活躍の場を移すこととなった。その他にも、家族が増えて参加頻度が減ったメンバーや転職を機に試合に参加できなくなるメンバー、後に県外へ出ていくメンバーも複数いる。つまり、Planetとしてしっかりと活動できるのはおそらく2019年が最後のシーズンになるということ。入賞を勝ち取った昨シーズンの終了後にこの事実を知って、本当に残念に思った。それと同時に、このチームのこのメンバーで戦える最後のシーズンを大切にしたいとの思いから、これまでのチームを振り返るためにこの物語を綴りたいという気持ちに至った。小規模なりにSNSで宣伝したり、Team Historyを通じてこのホームページを知ってもらいたい気持ちももちろんあったが、大きい理由はむしろ「自己満足」だった。Planetは、長崎で活動するチームの中で言えばいわゆる「弱小チーム」だ。この物語で綴ってきたほど綺麗な出来事ばかりではなかったし、これまで経験してきたことはどんなチームでも通る道なのかもしれない。この小さな歴史を綴ること自体、「何を大真面目に」という見方をされる場合もあるだろう。しかし、学生の頃に立ち上げた初心者だらけのチームが「社会人バスケ」のステージに乗り込み、その中で揉まれて、幾度も押し寄せた苦しい壁を越えて、下部リーグながら入賞する喜びさえ味わえた。余談ではあるが、先日地元のTV番組でご紹介いただいたりもした。こんな経験が出来たのは、ひとえに自分の発言に賛成し一緒にHYTを立ち上げてくれた平田・増田。Planetとして活動するきっかけを作ってくれた上野・敦志。活動休止後に再起を促してくれた健斗・宏嗣・和也。そして村崎・蓮・泰樹をはじめ、今までもこれからもチームに関わってくれたメンバーや周りの支えがあってこそだと、心から感謝している。本当にありがとう。本当は全員の名前を書き記してお礼を言いたいが、かなりの人数になるのでご容赦いただきたい。およそ8年間の活動を通して、バスケットボールプレイヤーとしても、そして人間としても大きく成長させてもらったし、たくさんの繋がりや出会いもあった。このチームは、自分の人生の中で忘れられない思い出であり、財産であり、宝物であり続けると思う。そして迎える最後のシーズン。Planetは、8部リーグまで拡大したフープリーグの7部で戦う。開幕戦は4月28日。対戦相手は「AZUL UNITED」これもまた、巡り合わせなのかもしれない。AZULは初めての対戦以降めきめきと実力を伸ばし、ついに先日の練習試合で敗れてしまった相手。チームの成長が著しいため羨ましく感じてしまうが、もちろん勝ちたい。かなり手強いライバルだが、リベンジに燃えるPlanetのメンバーは気合十分だ。必ず、最後まで走り続けよう。完[あとがき]「長崎から展開するエンターテインメント」と謳っているこのサイトで、果たして私的な話を連載していいものかという迷いはありました。更に言えば、当初の予定では毎日配信するコンテンツの間に挟む程度の不定期連載で考えていたものの、綴り始めたら溢れる気持ちを抑えることが出来なくなり、気づけば2週間の間毎日更新。記事のイメージを飾る画像も体育館の写真ばかりで、正直飽き飽きしてしまった方もいるかと思います。最後まで定期的に更新してしまい、大変申し訳ありませんでした。笑大変勝手では御座いますが、個人的には「記事を書く」というスキルを身に着けるためのいい機会になったと捉えていますし、このサイトを見てくれている方が少ないであろう今の段階でこの試みができたという点では、非常に有意義な2週間だったと感じています。明日からはまた、以前のように好きなモノ・コトについての記事や、短編のエッセイを配信していけたらと考えております。また、この話を綴るにあたって動画の編集も疎かになっておりましたので、次回以降のYouTubeの動画についても編集を進めてまいります。乞うご期待!です。最後に、この物語の中での表現などで不快な思いをされた方がいらっしゃった場合は申し訳ありません。また、記憶を辿りながらの執筆となりましたので、若干事実と異なる点があるかもしれませんが、そちらについてはご容赦いただけると嬉しいです。主にPlanetのみんな。笑かなり美化したように映っているかもしれませんが、これまで抱えていた正直な気持ちを真摯に綴ったつもりです。最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。今後とも、「あそふく」をよろしくお願いいたします。ちょーの第1話はこちら第2話以降につきましては、第1話より順番にリンクを掲載しておりますので順番に辿っていただけると幸甚です。よろしくお願いいたします。 […]

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