【第10話】Team History 2011-2019

エッセイ
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Planetとして2年目のシーズンが始まった。この時からリーグは参加チームの増加により拡大し、このシーズンは5部で戦うことになった。

開幕戦の相手は「GMR」

その日集まったメンバーはギリギリの6人、相手にはサイズの大きい選手が居たものの危なげなく勝たせてもらった。昨シーズンと大きく違うところは、技術よりもむしろ「試合慣れ」だった。
Planetは気持ちの優しいプレイヤーが多く、おそらく他のチームよりは血の気が少ない。紳士的といえば聞こえはいいが、闘争心に欠けている部分があるのもまた事実。昨シーズンは対戦相手のペースに合わせてしまうというシーンが目立っていたが、この試合に限って言えばある程度自分たちのペースで試合が運べたのではないだろうか。

開幕戦で白星を飾り、幸先の良いスタートを切ったチームだったが、相対して練習の参加率が極端に減り始めた。この時は気付かなかったが、ほとんどのメンバーが「1シーズンを戦い抜いた」ことで慢心し、熱が冷めきっていたような状況に陥っていた。
単純に参加率が落ちると、参加してくれているメンバーのモチベーションが下がってくる。少ない人数での金銭のやりくりも難しかったため、人数が少ない日にはなるべく体育館の予約をキャンセルし、運営の維持に努めようとしたものの、出欠の連絡をしないメンバーや、当日になってドタキャンするメンバーが後を絶たなかった。こうなってしまっては1人でどうにも出来ないので、定期的に協力のお願いを仰いでいたものの、応えてくれるメンバーも居なかった。

その後、チームの練習の頻度が落ちていくことと比例して、リーグも棄権することが多くなった。リーグの運営側も、棄権されることで空いた枠に別のチームを招聘し、親善試合を組まなければならない。かなり苦労をかけていたことも分かっていたので、棄権の連絡をする度に胸が締め付けられる思いだった。

SNSを通じて参加してくれる方々も数人居たものの、何かにつけて健斗が難癖をつけては追い返す形になってしまっていた。直接本人に言わずとも、そういう負の感情は連鎖する。キャプテンとしてすべきことは、その流れを断ち切ることだったのだが、なだめる程度で終わっていた。あの時を振り返る度に自分が情けなくてしょうがないのだが、健斗が居ないと試合にならないことを理由に現実から目を背けていた。
しかし、これだけは誤解してほしくないのは、健斗にも悪気があったわけではないということ。もちろん、参加してくださった方はこれまでのチームの雰囲気など分からない。自分から見ていても「ん?」と疑問に思うプレイがあったことも否定はしない。ただ、当時の健斗には配慮の気持ちが欠けていただけなのだ。この後、ある出来事をきっかけに健斗は大きく成長する。その話を綴るまで、どうか健斗と言う人間を否定しないでほしい。

そして、2シーズン目が終盤に差し掛かった頃。リーグ側へ、3シーズン目でのリーグ脱退を申し入れた。チームの崩壊危機とともに、2015年も終わろうとしていた。

そして年を越して迎えた2016年3月。
チームは最悪の事態を迎える。

その日、嬉しいことに早い時間にメンバーが8人集まった。残り2人来れば久しぶりの紅白戦が出来る。素直にワクワクしていたことを鮮明に覚えている。
アップを終えて、それぞれシューティングなどをしている時に健斗と宏嗣が遅れて参加してきた。2時間ある練習時間のうち、40分が経過していた。

ほどなくして、久しぶりの紅白戦が始まった。誰が調子が良かったとか、どちらのチームが勝ったとか詳しいことは覚えていないけれど、単純に楽しかった。そして片付けの時間を考慮して「次の1本で今日は終わろうか」と促した時だった。

「ええ〜あと2本出来るやろ」

健斗と宏嗣がそういう主旨の話を始めた。もちろん自分に宛てられた言葉ではないことは分かっていたけれど、自分の中で抱えていたモヤモヤが爆発しそうになった。

お前らが時間通りに来れば
こんなことにはならんやったことやろ。

口には出さなかったが、さっきまで溢れていた楽しい気持ちを完全に失ってしまった。迎えた次の1本、1歩たりとも走らなかったし、同じチームだった健斗の方さえ見なかった。バスケどころじゃない。溢れてくる怒りを抑えることで精一杯だったが、様子が変わったことに気づいた健斗は面白くなかったのだろう。自分へのパスの質をあからさまに落とした。
終了のタイマーが鳴ったあと、人の居ない体育館の外に出て思い切り壁を蹴った。

正直めちゃくちゃ痛かったけれど、どうしても人にだけは当たりたくて、だけど矛先を向ける場所もなかったが故の行動だった。

誰一人としてこの状況を理解してくれないものなのか。それとも自分の力不足が招いた結果なのか。とにかく孤独で悔しかったし、二度とバスケをしたくないとさえ思った。

少し気持ちを落ち着かせてから、健斗たちと仲の良かった和也を呼んで簡単な経緯を話した。仲の良い友達のことを責められているわけだから、和也だって良い気持ちはしなかったはずだ。この時、うんうんと話を聴いてくれた和也にはごめんねの気持ちでいっぱいだった。

後にも先にも、バスケットボールというスポーツを通じて、ここまで辛いと思った日はなかった。


続く

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