— 8月1日、空いとる?


— 18時半に仕事が終わるので、それから大丈夫です!


そんなやり取りをしてからというもの、あっという間に過ぎ去ってしまった7月。新しい職に就き、レジに打たれながら仕事を覚え、時たま波のように押し寄せる会計をバンバンと済ませられるようになった頃からイベントを企画した。ゲストを呼んではひたすら話し、終わった後に外回りをしてくださった先輩に頭を下げ、へとへとになった身体をバスに放り込んだ。

前日の夜に「明日は飲みに行くんでしょ?」と妻に言われるまで、この約束を取り付けたことも忘れてしまうほどに駆け抜けた。おかげさまで、携わっているプロジェクトのミーティングを見事に被せてしまい、いまは大きな罪悪感に苛まれながらキーボードを叩いている。

人と繋がるコミュニティに関わって、人の話を聴いては文章を書いて、人を集める仕事に就いた。気付けば今年に入ってからというもの、僕の人好きは加速の一途を辿っている。

ここに来て生まれてしまった失態も、それに対する罪悪感もまた、おそらく人好きが大きく影響している。長々とした言い訳はこれくらいにしておくので、この文章が終わるまではその罪悪感を忘れさせてほしい…。


いつものように閉店作業を終えて…と言えるようになってしまった8月1日。大黒町から鍛冶屋町までの道のりを歩きながら、「もうすぐ着きます!」とLINEを送りつけて、既に5分以上が経過している。少し汗ばんだ身体に鞭を打ち、小走りで横断歩道を渡ると、道の先に見覚えのある影が見えた。


— よかよか、急がんちゃ!久しぶりやね!


涼しげに笑ったのは、6月まで勤めていた会社の元上司。

「よし、行くぞ!」と言ってガラガラとお店の戸を開けると、カウンター席に座っていた常連さんが「いらっしゃい!」と高らかに声を上げた。よくよく聴いてみると、その常連さんは店主の同級生で、更に元上司と幼馴染らしい。

やって来たのは、鍛冶屋町にある「酒どころ ほどほど」。今年3月にオープンしたばかりお店だ。広いお店の中には、もう一組のお客さんと僕たちだけ。密なのは、元上司と店主、そして常連さんの交友関係くらいだった。


配属が違っていた元上司は「同級生のお父さん」であり「カメラの先輩」だったのだが、僕が東京から帰ってすぐだったということもあり、退職時に挨拶が出来ていなかった。急に仕事を辞めたことに驚きを感じて、ずっと気にかけてくれていたそうだ。

乾杯をしてからというもの、僕が抱えていた葛藤やいまの活動を聴いては「うん、うん、面白い」と頷いてくれた元上司。久しぶりに会ったときのしこりというか、少しの違和感のようなものは、溶けていくようになくなった。そして「元気そうで安心した」と言ってくれたことに心が安らいだ。

人好きが加速しているとはいえ、エネルギッシュな人たちと休む間もなく話していると疲れてしまう。もっと言えば、その楽しさゆえに疲れていることに気づけないから厄介だ。ばっちり冷えたビールが身体に染み入るような感じがしたのは、「夏だから」というだけではなさそうだった。

それから「長崎の人に会える本を出したい」とか「県の写真のレベルを上げたい」とか、気の向くままにお互いの夢を語っては、次々と運ばれてくる和食に舌鼓。メニューにない”かぼちゃコロッケ”をはふはふと頬張っていると、店主が「懐かしか味のすっやろ?」と優しく微笑んでくれた。あっという間に…いや、あっという間もなく2時間が過ぎていた。


しばらくすると常連さんが僕たちの席にやってきて、調理が落ち着いた店主と、元上司の3人で昔話に花を咲かせ始めた。


— あん頃はお前の家に入り浸っとったなぁ。


— おいが教会の写真ば撮るごとなったとは、あん時さ。


〆のそうめんをすすりながら、僕の倍の人生を歩んできた彼らの話に耳を傾けていると、ぎったぎたの長崎弁が飛んでくる。他にも「教会を訪れるための敷居を下げたい」と語る神父さんのお話とか、「同級生の〇〇が癌を患ったことが悲しい」とか、「こうちゃん(元上司)の写真は本当にすごか」とか。近ごろ話していた人たちからは出てこないような話題がわんさか溢れてきた。


— でもね、おいはもう明日死んでもよか。


僕がデザートのスイカに手を伸ばしたと同時に、常連さんが不意にそう言った。「やり残したこともない。」とも語る彼に対して、「なんば言いよっとや。」と笑っていた元上司と店主。冗談のように聴こえていたこの会話の中で、店主がさっきの優しい笑顔でゆっくりと話し始めた。


— お前は「いつも店におる」って笑われよるばってんさ、おいは店に誰かおってくれることが嬉しか。3月に店開いて、お客さんも全然来んで。一生懸命準備したお通しの皿ばゴミ箱にひっくり返すとが寂しゅうして。


ぐうっと現実に引き戻された。彼もまた、開店直後のお店で孤独な時間を過ごしてきた1人なのだ。その後も3人は楽しそうにお酒を酌み交わし、僕と元上司がお店を出るまでの間ずっと笑っていた。そして帰り際、元上司は財布から1万円札を取り出し、それを店主に手渡して僕にこう言った。


— うまかったろ!こいつの料理の腕は本当にすごかけん!


僕が足を踏み入れた居酒屋は、とてもとても密だった。


互いの良さを認め合って、自分の気持ちもさらけ出して、悲しい出来事すべてを煙草の煙と大きな笑い声でかき消してしまうほどのカッコよさに、僕は猛烈に惹かれてしまっていた。これが、地に足のついた人たちの生き様なんだと思った。


これは、エネルギッシュな人たちと楽しんできた疲れを癒すために、エネルギッシュな人たちと楽しんだ夜のお話。


僕の人好きは、やっぱり加速の一途を辿っていた。



店名:酒どころ ほどほど
住所:長崎市鍛冶屋町6-25

Photo by rosso._.photography


Text by...

文筆家。コワーキングスペースで働く傍ら、地域コミュニティchiicoLab.の運営に携わっています。その他、長崎のローカルメディア「ボマイエ」や「ナガサキエール」などでライターとして活動させていただいています。

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