「日本二十六聖人記念館」(長崎市)で学ぶ、キリシタン弾圧の歴史

観光

こんにちは!ちょーのです!

昨日はお酒がいい感じに入っていたので、家についてシャワーを浴びてトントン拍子でベッドへ…。ゆっくり休んだ今日は、先日紹介した「長崎帆船まつり」に足を運び、日本丸の一般公開を満喫して参りました。

その後、こちらも先日紹介した「ブック船長」で買った本の中で述べられていたキリシタン弾圧の歴史が気になって、「日本二十六聖人記念館」へ行ってきました。

実際の記念館の紹介順序とは多少前後しますが、話しやすい順で話していきます。
また、ここで記す情報は、自分が見た文献などから一部を切り取っているもので、必ずしも情報が正しいという保証もなく、諸説あるものも勿論あります。「へぇ~」くらいの感覚で読んでいただけたら幸いです!

まずは当時、メルカトル図法で描かれた日本地図がこちら。


九州地方にズームアップした写真を撮りましたが、当時の長崎・佐賀は「肥前」。この地図によると「Figen」と記されています。よそから見た人たちは「ひぜん」じゃなくて「ふぃぜん」って言ってたのね…。そしてもっと気になるのが写真左下の緑の化け物です。アザラシなフェイスですが紫色のヒレのようなものが付いています。海を表現するために日本海や太平洋には帆船が描かれていますが、当時この東シナ海に潜む化け物が数々の船の行く手を阻んだそうです。ごめんなさい、紛れもなく嘘です。

冗談はさておき、時は1596年10月。キリスト教の拡大を恐れ、また、ポルトガル人が日本人を奴隷として売買していたのを止めさせるために豊臣秀吉が「バテレン追放令」を発して、およそ9年が経った時期に起きた「サン=フェリペ号事件」。この船に乗っていた水先案内が「スペインはキリスト教の宣教師を派遣し信者を増やし、やがてその国を征服する」と自慢したそうです。これをきっかけに宣教師やキリシタンの扱いが激変します。

(1592年に豊臣秀吉が発した禁教令の写し)

事件からおよそ2ヶ月が経った12月11日。秀吉は石田三成(当時の奉行)に対し、フランシスコ会のキリシタンを捕えて殺すように命じました。このとき大坂や京都捕えられたキリシタン24名。その中には、わずか12歳の少年(聖ルトビゴ茨木)もいました。その後、彼らは翌年1597年1月3日に左の耳たぶを切られ、見せしめに関西の各地で引き回されたそうです。その1週間後、大坂を出発し長崎まで向かう、長く苦しい旅が始まりました。裸足で歩き、遅れるとすぐに鞭が飛んできたと言います。その道中、一行を追ってきた京都の大工フランシスコ・ガヨとペドロ助四郎も加わり、計26名のキリシタンは長崎へ向かいました。彼らこそが二十六聖人です。

関西からやっとの思いで辿り着いた長崎。目の前にあったのは自分たちがかけられる十字架。彼らは信仰を貫いたことを喜び、処刑されました。

(大坂から長崎までの道のりを描いた絵)

(二十六聖人記念碑)

私は何の罪も犯さなかったが、キリストの教えを説いたから死ぬのである。私はこの死を喜び、これは神が私に授けたもうた大いなる御恵だと思う。キリシタンの教えが敵及び自分に害を加えた人々を赦すように教えている故、国王(秀吉)と私の死刑に拘った全ての人々を赦す。王に対して憎しみはなく、むしろ彼と全ての日本人がキリスト信者になることを切望する。(一部抜粋)

二十六聖人の1人であるパウロ三木は、処刑の際にこのように叫んだと言われています。

今回紹介した内容は、先日から読んでいた「世界史の中の出島」(森岡美子・長崎文献社)と記念館にあった資料の一部から抜粋させていただいたものです。この他にも、島原の乱で戦った天草四郎に関する資料や、その戦いの中で実際に使用された実弾も展示されていました。
ようやく長崎の文化遺産や歴史に興味が湧いてきたところで唐突に足を運んだ記念館で、またひとつ長崎を知ることが出来ました。「ブログのネタ」と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、ネタで長崎に対する教養が深まるのであれば願ってもないことです。

記念館のお休みは年末年始のみで、大人は入場料500円となっています。

自分もまだまだ知らないことだらけですが、「教会群」って何?「二十六聖人」って誰?と思っている方は、ぜひ足を運んでみては!?

日本二十六聖人記念館
[ホームページ] http://www.26martyrs.com/

スポンサーリンク
コメントはまだありません

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

観光
長崎の街を歩いて~Vol.2~

長崎大学附属図書館所蔵の、幕末から明治中期にかけて撮影された写真を紹介しているサイトです。2019年は、長崎県が長崎府から改称されて150周年(改称は明治2年)であるということで、そのあたりの時代の写真がないかな…と探していたところ見つけたのがこのサイト。実際に見て比べるしかない!ということで、撮影に行ってきました!

観光
「尾曲がり猫神社」(長崎市)猫好きにはたまらない!

この尾曲がり猫が長崎に多い理由は諸説ありますが、貿易の拠点であった長崎に入ってくるオランダ船ではネズミの駆除のために猫を乗せていたそうで、この猫たちが繁殖したのではないか…とのこと。なんでも、東南アジア原産の猫らしく、当時オランダが経営していた会社の支店がインドネシアにあったとか。ここで猫を乗せて来航していたのかも…

観光
「神集島」(佐賀県)ノスタルジックな風景を求めて。

佐賀県唐津市の神集島(かしわじま)に行ってきました。湊港から船でおよそ8分のところにある、人口およそ300人の小さな島です。「令和」の選定で話題となった万葉集との関わりが深く、この島で7つの詩が詠まれたとか。島内には歌碑が建てられており、その歌碑を巡る「万葉ウォーク」には、毎年多くの歴史ファンが訪れるそうです。